「ゆかいな仲間たち」公演
記事掲載事例「長唄二題の会」
長唄「二題の会」が季刊誌「音楽文化の創造」〔(財)音楽文化創造〕に掲載されました。
音楽会評
日時■平成20年7月18日(金)
会場■上野広小路亭
梅雨明け宣言もないまま、すっかり夏の宵の上野で長唄を聴いた。お江戸上野広小路亭といえば、もちろん落語の公演で知られたところだ。
会場は演奏者の表情や息遣いが逐一読み取れるほどの広さ、お座敷席で膝を抱えながら長唄を聴いていると、懐かしい感じがしてくる。幕が開くと、演奏者による曲の説明があった。曲の内容や魅力、聴かせどころについて、演奏者自身が自分なりの素直な感想を伴って話してくれる。解説がある公演というのは革新的らしいが、曲についての知識を得ることができるだけでなく、解説者の人柄もにじみ出て、親しみやすい雰囲気を作り出している。
1曲目は”新曲浦島”。明治時代に坪内逍遥が創作したものに、曲が付けられたもので、大変メリハリのある表現力豊かなところが魅力だという。演奏されたのは、序の幕、澄の江の浦。長唄ののびやかな声と豊富な表現方法に驚いていた。言葉を大切にしながらも、表現のためにさまざまな声音が使われる。聴きなれない人たちには、歌詞が聴き取れるところと聴き取れないところがあるが、それはそれで声と楽器のアンサンブルとして演奏に浸ることができるのではないかと思う。また、三味線という楽器はなんと表現力豊かなのだろう。メロディを奏でているかと思えば、岩に打ち付ける波を表現し、長唄を支えているかと思えば、長唄と掛け合ってアンサンブルを作り出す。
2曲目は、昭和42年に東音会の山田抄太郎氏によって作曲された。”雨の四季”であった。内容は江戸の下町の風物を扱ったもので、流儀を越えて演奏できるように作曲された。演奏者も自由さが表現できればと語っていたが、リズムや2本の三味線の音の絡み方などが新しいと感じた。歌詞に名産品の名称などが盛り込まれており、観客の笑いを誘っていたし長唄を身近に感じることができた。
この「長唄二題の会」の中心となる人物を紹介しておきたい。長唄の杵屋三七郎氏は東京芸術大学邦楽科を卒業後、日本文化芸術推進グループ「ゆかいな仲間たち」を発足させ、内外で精力的に演奏活動を展開すると同時に、学校教育にも貢献している方である。三味線の東音阪本剛二郎氏は東京芸術大学邦楽部別科を卒業後、東音会研修所を経て、同人となった人物である。幸いにも、このお2人にお話を伺うことができた。このような会を始めることになったきっかけは、「伝の会」を設立した、革新的な三味線演奏家、松永鉄九郎氏のアドバイスによるものらしい。彼が後ろ盾になり、流派と年齢を越えた演奏する機会を設けることになったのだという。会場を上野広小路亭にしようと思ったのは、交通の便がよく、必要な機材が揃っていること、音響の面からも適切であったこと、そしてなによりも、通りかかった方々がフラッと立ち寄れるのではないかと考えたからだという。解説を付ける試みも気軽に楽しんでほしいという思いから出たものであり、解説の中に演奏に対する思いなどを盛り込むことによって、長唄の魅力をより深く伝えることができている。
長唄の魅力は「日本のさまざまな文化が凝縮されているものだ」と語る、彼らの熱さと深い思いにも打たれた、さわやかで充実した長唄体験であった。(さ)